東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)150号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、本願発明と引用例記載の発明及び周知の技術事項との本件審決認定の相違点以外の構成及び作用効果上の差異を看過した結果、本願発明をもつて引用例記載の発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤つた結論を導いたものである旨主張するが、以下に説示するとおり、本件審決の認定判断は正当であり、原告の右主張は、理由がないものというべきである。
前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許出願の願書並びに願書添付の明細書及び図面)、第三号証(昭和五一年一二月二四日付手続補正書)、第五号証(昭和五五年三月二七日付手続補正書)及び第一一号証(昭和五六年五月一八日付手続補正書)を総合すると、(1)本願発明は、自動車の天井、ドアー、窓枠、トランク等の内側に装着する自動車用内装材に関するものであるところ、従来、例えば自動車用天井材の場合、骨材と表皮材とを塗布型の接着剤で接合していたが、近年、溶剤に基因する環境汚染、人体の健康に及ぼす悪影響あるいは工程が煩雑なため工数が長く生産性が悪いということが問題となり、溶剤を使用しないホツトメルト接着剤について研究が行われ、フイルム状のホツトメルト接着剤を使用する方法が最も簡便であるということから、各種フイルム状のホツトメルト接着剤として、エチレン―酢酸ビニル共重合樹脂に代表されるビニル系フイルムあるいはポリエチレン等に代表されるポリオレフイン系フイルムなどが検討されてきたけれども、自動車用内装材は、八〇℃以上の耐熱テストに合格する必要があるのに、エチレン―酢酸ビニル共重合樹脂は、右のような温度下における接着強度が低いため、右の温度条件下では、表皮材が骨材から剥がれ、天井材などの場合、表皮材が垂れ下がるという欠点があり、また、表皮材は、主として発泡ポリウレタン又は発泡ポリエチレン等の緩衝材と塩化ビニル系のシートとの積層物からなるものであるため、一〇〇℃以上の温度で熱接着すると、熱で汚損される等の問題があるところ、前記ポリエチレン等で代表されるポリオレフイン系フイルムは、エチレン―酢酸ビニル共重合樹脂に比べ接着温度を高くしないと、十分な接着強度が得られないため、表皮材が熱で汚損されるばかりか、接着時間も長く(通常三〇秒ないし五〇秒)、加工適性及び生産性の両面において満足できるものではなく、このように、自動車用内装材に関しては、満足のいくホツトメルト接着剤は未だ見出されていないという現状にあつたこと、(2)最近、ラウリルラクタムを必須成分とした低融点のポリアミド共重合体(ナイロン6/66/12)からなるホツトメルト接着剤及び低融点の四元系ポリアミド共重合体が開発されたが、これらの融点は、最低で一〇〇℃前後であつて、前記ポリオレフイン系のホツトメルト接着剤と同程度であつたから、これらのポリアミド共重合体が自動車用内装材として好適に使用することができるものとは予想し得ず、特に、ラウリルラクタム又はω―アミノウンデカン酸を必須成分とする低融点のホツトメルト接着剤は、低融点になればなるほど繊維織物用のホツトメルト接着剤を目標とするものと考えられていたので、これを本願発明のように非常に使用条件の厳しい自動車用内装材の骨材と表皮材との接着に使用することができるということは、予測し得ないことであつたところ、本願発明の発明者は、ポリアミド共重合体のうち、ある特定の組成で、ある特定の性状のものが自動車用内装材の骨材と表皮材との接着に好適であり、かつ、従来公知の真空成形法あるいはホツトプレス法のいずれによつても熱接着することができることを見出し、本願発明を完成したものであつて、本願発明は、本願発明の要旨のとおりの構成を採用し、これにより、本願発明の自動車用内装材は、低温度で熱接着し得るため、表皮材の熱による汚損がなく、八〇℃における耐熱テストにも合格し、また、短時間(例えば、五秒間ないし一〇秒間)で熱接着することができるため、作業性が合理化され、生産性が大幅に向上し、更に、異形成型物(例えば、凹凸の大きいもの)である自動車用内装材でも十分な熱接着が得られるという効果を奏するものであること、(3)一般に、ポリアミド共重合体をホツトメルト接着剤として使用する場合、十分な接着力を得るためには、ホツトメルト接着剤が十分に溶融することが必要であるから、その接着温度は、使用するポリアミド共重合体の融点よりも三〇℃ないし五〇℃高い温度を採用するのが普通であつたが、本願発明のポリアミド共重合体は、融点付近又はそれ以下の温度でも十分に接着力を示すものであつて、これを実施例についてみると、骨材と表皮材との間に熱可塑性ポリアミド共重合フイルムとして融点一一五℃のナイロン6/66/12フイルムをはさみ、表皮材側九〇℃、骨材側二〇〇℃に設定したヒータープレスにより〇・五kg/cm2圧力で七秒間加熱して熱接着することができ、その間のホツトメルト接着剤の実体温度は最高一一五℃であり、それによつて得られた自動車用内装材は、十分な接着力を示し、八〇℃の耐熱テストにおいても何ら接着力が低下しなかつたことが認められる。他方、引用例に本件審決認定のとおりの技術事項の記載があることは原告の認めるところ、右記載に成立に争いのない甲第六号証(引用例)を総合すると、引用例は、本願発明の特許出願前に日本国内において頒布された特許公報であつて(この点は、原告の明らかに争わないところである。)、引用例記載の発明は、八〇重量%ないし二〇重量%のラウリンラクタムを一つの基本構成要素とし、かつ、対応的に二〇重量%ないし八〇重量%のポリアミドを生成する一種又はそれ以上の他の物質を別の基本構成要素として含むコポリアミドからなる高温で高い接着力を有する接着剤であつて、この接着剤は、これを短く切断した繊維又は箔として、固体、弾性体又は生地のような種々の物体とその上に載せた小片のような層との結合並びに紙の被覆、木材及び金属の結合等に用いることができ、高温、例えば、約一一〇℃ないし一九〇℃の温度に加熱したとき優れた接着力を生じるものであるところ、右にいう接着力は剥離力を意味し、また、実施例として用いられたラウリンラクタム四〇部、カプロラクタム四〇部、ヘキサメチレンジアミンアジペート二〇部のものは、融点が一一八℃ないし一二〇℃であつて、八秒間で熱接着することができ、高温で高い接着力(剥離力)を示したことが認められる。
そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比考察するに、両者は、本件審決認定のとおり、ラウリルラクタムとラウリンラクタムとは、単に表現を異にするにすぎないから、ホツトメルト接着剤に使用する三元コポリアミドを共通にするものであり、それらホツトメルト接着剤が高温で高い接着力を有するものである点でも一致するが、ただ、引用例にはその接着力を用いて接着した自動車用内装材について何ら言及されていない点で相違することは、原告の認めるところであるから、前認定の事実に基づき、右相違点について検討すると、成立に争いのない乙第二号証(昭和四八年八月七日公開の特開昭四八―五六二八三号公開特許公報)によれば、右公開特許公報は、本願発明の特許出願前に頒布されたものであつて、それに記載された発明は、自動車の車体室内に装着する内装天井を基層、中間層及び表皮層の積層による同時成形で形成する方法に関するものであつて、天然繊維、合成繊維等の有機質繊維又はガラス繊維等の無機質繊維の各単独物あるいは混合物に粉末フエノール樹脂を混同してなる繊維基層と熱可塑性合成樹脂発泡体の中間層とこの中間層の融解温度より高い温度に耐える材質の装飾表皮層とを重ね合わせて積層版を形成し、この積層版を金型により加熱加圧して所要形状の内装天井を成形するに際し、中間層の熱可塑性合成樹脂発泡体の両面が融解すると同時に繊維基層に含まれる粉末フエノール樹脂が溶融成形される温度で加熱加圧し、これにより中間層の熱可塑性合成樹脂発泡体両面に繊維基層と装飾表皮層とを融着一体化するとともに、粉末フエノール樹脂の溶融成形により繊維基層を所要形状に成形硬化させて内装天井を形成することを特徴とする自動車内装天井の積層同時成形法であるところ、自動車の車体天井に密着する繊維基層の形状保持及び繊維相互間の結合とを熱硬化性合成樹脂によつて行うため、太陽輻射熱で車体天井を通して高温度で加熱されても、全く形状の変化をもたらさず、良く形状を保持するので寸法安定性と耐久性が優秀であるとの効果を奏するものであることが認められ、右認定の事実によると、本願発明の骨材に相当する繊維基層と表皮材に相当する装飾表皮層とを熱接着してなる自動車用内装材について高温で高い接着力を示すものが望ましいことが本願発明の特許出願前周知であつたものというべきである(なお、この点は、成立に争いのない乙第一号証(右は、昭和五一年九月三〇日発行の第一版第七刷であるが、その第一版第一刷は、本願発明の特許出願前の昭和四九年九月二〇日発行に係るものである。)からも、これを認めることができる。)から、当業者であれば、右の周知の技術事項に基づき、引用例記載の高温で高い接着力を有する接着剤を同様の接着力を示すことが求められている自動車用内装材に用いることは格別困難なことではなく、また、以上の認定判断に照らせば、本願発明の効果にしても、第一引用例記載の発明及び周知の技術事項から当然に予測し得るものといわざるを得ず、したがつて、本願発明は、引用例記載の発明及び周知の技術事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認めるのが相当である。原告は、引用例記載の技術を含めた従来技術と対比して、本願発明において用いたラウリルラクタム又はω―アミノウンデカン酸を必須成分とする低融点のホツトメルト接着剤は、低融点のものほど繊維織物用を目標としていたものであつて、これを非常に使用条件の厳しい自動車用内装材の骨材と表皮材との接着に使用することは、本願発明の特許出願前容易に類推し得ることではなかつた旨主張するが、たとい、右のホツトメルト接着剤は低融点のものほど繊維織物用を目標としていたものであつたとしても、前認定説示のとおり、引用例記載のホツトメルト接着剤は、本願発明の接着剤とその構成を共通にし、高温で高い接着力を示すものであつて、固体、弾性体又は生地のような種々の物体と他物体との結合並びに紙の被覆、木材及び金属の結合等に広く用いることができるものであり、また、引用例に示されたものの融点にしても一一八℃ないし一二〇℃であつて、本願発明のものの融点約九〇℃ないし約一三〇℃の範囲に含まれるものであり、しかも、高温で高い接着力を示す接着剤が自動車用内装材に求められていたことが周知であつたのであるから、当業者であれば、前記ホツトメルト接着剤を自動車用内装材の骨材と表皮材との接着に使用するということは容易になし得ることというべきであり、したがつて、原告の右主張は、採用することができない。また、原告は、本願発明は、特定の組成を有し、ある特定の性状のポリアミド共重合体が融点付近又はそれ以下の温度でも十分に接着力を示すことを見出したものであつて、本願発明の自動車用内装材は、低温度で熱接着することができるため、表皮材の熱による汚損がなく、しかも、八〇℃における耐熱テストに合格する強い接着力を有し、また、五秒ないし一〇秒で熱接着することができるため、製造作業が簡略化され、生産性が大幅に向上し、更に、自動車用内装材のうち、凹凸が大きいような異形成型物でも十分な熱接着が得られるという利点があるのに対し、引用例には自動車用内装材に要求されている右のような特殊な性質に関する事項は示唆されていない旨主張するところ、本願発明が右のような構成及び効果を有するものであることは、前認定のとおりであるが、引用例記載の接着剤も、本願発明の接着剤とその構成を共通にし、融点も本願発明のものの融点の範囲に含まれ、八秒間で熱接着することができ、高温で高い接着力を示するものであることは、前認定のとおりであり、また、高温で高い接着力を示す接着剤が自動車用内装材に求められていたことが周知であることも、前認定のとおりであるから、引用例及び周知の技術事項には、本願発明の右構成を示唆し、かつ、本願発明の右効果を予測し得る技術事項の開示があるものというべきであり、したがつて、原告の右主張も、採用の限りでない。更に、原告は、乙第二号証記載の接着剤は、本願発明の明細書で不適当であると指摘したポリエチレン、塩化ビニル等の熱可塑性合成樹脂を発泡体として用い、その接着工程も粉末フエノールを組み合わせて用いる複雑なものであつて、同号証には本願発明で特定する樹脂あるいはこれと同等の効果を発揮し得るものについての開示はない旨主張するが、たとい、原告主張のとおりであるとしても、このことは、高温で高い接着力を示す自動車用内装材が求められていたことが本願発明の特許出願前周知であつたとする前認定を妨げるものではなく、したがつて、原告の右主張は、本願発明が引用例記載の発明及び右周知の技術事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるとの前示判断を左右するものではない。更にまた、原告は、引用例記載の「高温で高い接着力」にいう「高温」とは、接着時の温度を指すものと解すべきであり、他方、引用例は、接着力を高温で保持する耐熱性については何ら教示していない旨主張するが、右の「接着力」が剥離力を意味することは前認定のとおりであるから、引用例には接着力を高温で保持する耐熱性のある接着剤の開示があるものというべきであり、したがつて、原告の右主張も採用するに由ないものといわざるを得ない。なお、原告は、引用例記載の接着材は繊維又は紙用が中心であつて、引用例には自動車用内装材に右の接着剤を利用し得ることの開示はない旨主張するが、引用例記載の接着材が繊維又は紙用のみならず、木材及び金属の結合等にも用い得ることは前認定のとおりであるのみならず、前認定のとおり、引用例には本願発明の接着剤とその構成を共通にし、高温で高い接着力を示す接着剤の開示があり、かつ、高温で高い接着力を示す自動車用内装材が求められていたことが本願発明の特許出願前周知である以上、本願発明は引用例記載の発明及び周知の技術事項に基づき容易に発明をすることができたものというべきであつて、原告の右主張は前示判断を妨げるものではない。なお更に、原告は、本願発明の効果が顕著なものである旨るる主張するが、本願発明の効果は、前認定のとおりであるところ、右効果は引用例記載の発明及び周知の技術事項から予測し得るものであることは、前説示のとおりであるから、原告の右主張も、採用することができない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
ラウリルラクタム又はω―アミノウンデカン酸を必須成分とし、且つ融点が約九〇~約一三〇℃である三元以上のポリアミド共重合物を主成分とするホツトメルト接着剤を用いて骨材と表皮材とを熱接着せしめてなる自動車用内装材。